ミヒャエル・エンデの『モモ』という物語を覚えていますか?
「灰色の男たち」が人々の時間を盗み、
世界からゆとりや温かさを奪っていく、あの不思議な物語です。
大人になった今、この本を読み返すと、
胸がぎゅっと締め付けられるような気持ちになります。
物語の中の人々が追い立てられている姿が、
今の私自身の毎日に重なって見えてしまうからです。
便利になったはずなのに、
なぜかいつも「時間がない」と焦っている。
その大きな理由の一つが、
私たちがいつも握りしめているスマートフォンなのかもしれません。
私は愛知に住む50代のフリーランスで、
普段はDTPオペレーターとしてパソコンに向かう仕事をしています。
HSS型HSPという気質もあってか、
情報の波に飲まれやすく、
たくさんの音や光に少し疲れてしまうこともあります。
そんな私が、自分の心と時間を守るために始めた、ちいさな習慣があります。
それは、スマホのスケジュール管理をやめて、紙の手帳に戻るということ。
これは、単に道具を変えたというよりも、
自分の人生のリズムを、
自分の手に取り戻すための大切な儀式のようなものです。
私が手帳を開くときに感じていること、
そして「モモ」から教わった手帳との付き合い方を、
少しだけお話しさせてください。
1. お知らせに急かされない、静かな時間
スマホのカレンダーはとても便利ですが、
時々、少しおせっかいだなと感じることがあります。
「10分後に会議です」「明日の予定はこれです」
通知音とともに画面が光ると、私の都合はお構いなしに、
意識がそちらへ引っ張られてしまいます。
まるで、誰かに背中をツンツンとつつかれているような、
そんな気忙しさを感じていました。
でも、紙の手帳はとても静かです。
私が「いま、手帳を開こう」と思った時にだけ、
そっと今日の予定を教えてくれます。
いつ確認するかを、私自身が決めることができる。
「自分から会いに行く」というこの感覚が、
私にはとても心地いいのです。
予期せぬ通知にドキッとする必要は、もうありません。
2. 「書く」ことは、時間を味わうこと
仕事柄、デジタルの速さや便利さは痛いほど分かっています。
入力は一瞬ですし、間違えてもすぐに消せますから。
でも、私たちの毎日は、
そんなに効率よく進まなくてもいいのかもしれません。
お気に入りのペンを持ち、
インクが紙に染み込む様子を眺めながら、文字を書く。
「13:00 打ち合わせ」とキーボードで打つ数秒と、手帳に丁寧に書き込む数秒。
時計で測れば同じ時間ですが、
「私がこの時間を生きている」という手ごたえは、
手書きの方がずっと深く、温かい気がします。
書き間違えたら、二重線で消します。
その跡さえも、「予定が変わったんだな」という私の人生の足跡です。
デジタルのように「なかったこと」にしなくていい。
そんな不器用さも愛おしく思えてきます。
3. 白い余白は、心の深呼吸
私が手帳を使うときに大切にしている、いくつかのマイルールがあります。
- 空白を怖がらない
予定が何も書かれていない真っ白な日があってもOK! スマホの空白は「何か入れなきゃ」と思わせますが、紙の上の空白は「自由な広場」。モモのように、ただぼんやりしたり、空想したりするための場所として、大切にとっておきます。 - 「時間の花」を書き留める
仕事の予定だけでなく、「今日、きれいな夕焼けを見た」「こんな素敵な言葉に出会った」など、心が動いた瞬間を書き留めます。エンデが描いた「時間の花」のように、心で感じたことだけが、本当の私の時間として残っていきます。 - きれいに使わなくていい
誰に見せるわけでもない、私だけの手帳。字が曲がってもいいし、好きなシールを貼ってもいい。効率よく管理するためではなく、自分をねぎらうために開くのですから。
現代の社会で、
モモのようにゆったりと生きるのは、
少し勇気がいることかもしれません。
「のんびりしすぎているかな?」と不安になることもあります。
でも、手帳を開くその一瞬だけは、
デジタルの速さから離れて、
自分だけの時間の流れに戻ることができます。
それは、物語に出てくるカメのカシオペイアのように、
ゆっくりと、でも着実に一歩ずつ進む感覚に似ています。
日々の忙しさに少し息切れを感じているなら、
スマホを置いてお気に入りの紙の手帳を開いてみませんか?
そこには、誰にも邪魔されない優しい時間が待っているはずです。

